2017年1月6日金曜日

アカラシア:初めてのPOEM症例

医者ならその病名は誰でも知っているが現実にはあまりみることがない、消化器病でそんな病気のひとつがアカラシアかもしれない。看護学校での小生の講義では食道疾患としてのアカラシアを教えるが、実は最近リアリティがなくなっているなあと感じていた。そんな病気である。かつて若い頃何人かのアカラシアでは大変苦労した覚えが苦く残る。そんな病気なのである。

 3年の長きに渡って嘔吐と嚥下困難に悩んでいるその患者さんがやってきたのは昨年夏であった。40台後半でありなにかの拍子にものを詰まらせるととても厄介で、何をしてもだめ、あとは指を入れて吐くだけとのこと。不思議なことに体重減少はないのである。まずカメラを行い次いでバリウム透視をしたが、カメラでは軽度の逆流性食道炎程度である。バリウムでは典型的なアカラシアのようだ。

この患者さんこれまで病院受診がないという。患者は余程困って来院しているのであるこんな場合。これまで薬物療法をされていないので、それなりの薬を出して二週間後に再診とした。

そしてアカラシアの現状を調べてみたが、アカラシアの世界に革命が起こっていることを知ったのですな。そうPOEMのことである。

Achalasia  A Systematic Review

JAMA. 2015;313(18):1841-1852

POEM全く知らないって、それじゃ困るじゃないか!!と非難されるそこのお方。率直にごめんなさいと反省するが、じつはこんなことはしょっちゅうです。貴方にはそんなことはありませんか?医者は死ぬまで勉強しなくてはいけないと思うから勉強は欠かさないが、濃淡は生ずる。診ることが少ない病気は自ずと迂回してしまうのである。

とはいえ専門外の病気でも診なきゃいけないのが臨床医である。大腿骨骨折の患者にSLEがあったり、鼠径ヘルニアの患者に線維筋痛症があったり、下肢の動脈閉塞症の患者に腎の巨大血管筋脂肪腫があったりすることはざら(「ざら」はオーバーですか?)だし、腹痛の患者に心筋梗塞があったり、息苦しさと身の置き所がない不定愁訴の患者が、実は解離性大動脈瘤だったりすることもあるのだ。

まことに因果な仕事である。 絶えず全方面に目配せしてあらゆる情報から遅れないように努力せよ。できるといいけどね。これは無理である。そこまではとてもとても・・・。

さてPOEMというのは2008年ころから報告され始めたアカラシアに対する内視鏡的な筋層切開治療のことである。とても評判がよろしいようである。2015年には御自ら500例をまとめた論文が出ている。 開発したのは日本人であり昭和大学横浜北部病院(現在:昭和大学豊洲病院 消化器センター)の井上 晴洋教授である。

Per-Oral Endoscopic Myotomy: A Series of 500 Patients

J Am Coll Surg. 2015 Aug;221(2):256-64

Haruhiro Inoue, MD, PhDHiroki Sato, MD, PhD,Haruo Ikeda, MD,Manabu Onimaru, MD, PhD,Chiaki Sato, MD, PhD,Hitomi Minami, MD, PhD,Hiroshi Yokomichi, BMath, MD, MPH, DPH, PhD,Yasutoshi Kobayashi, MD, MPH,Kevin L. Grimes, MD,Shin-ei Kudo, MD, PhD


 [実際の手技] POEM:Per-Oral Endoscopic Myotomy

アカラシアで細くなっている潜在的狭窄部の手前、ずいぶん口側で食道上皮を切開し上皮下に内視鏡のヘッドを潜り込ませる。そして食道の筋層を内輪筋だけ切開していくのである。外輪筋に傷をつけずに15cmに渡って内輪筋だけ切開。いつのまにか内視鏡のヘッドは食道胃接合部を超え胃の中に入り込んでいるという次第である。食道の手術や病理をおやりの方はよくわかると思うけど、食道ってそれ自体細いのよね。また外膜は極めて薄い。筋層といっても情けないくらい薄い。上皮も薄いので時々マロリーワイスのように裂けるし、ひどく嘔吐すると一挙に筋層・外膜も裂けて縦隔炎を起こす(突発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)こともある。それを知っていて外輪筋に傷をつけずに15cmに渡って内輪筋だけ切開する技術に挑んだことが凄いし、実際2008年から5年で500例のPOEM治療を行なったというのが素晴らしい。縦隔炎の合併症は一例しかないのだそうだ。


アカラシアが5年で500例も集まるという事実にまず驚く。そんなにいるの!(ちなみにアカラシアの頻度は10万人に一人といわれているから500人の背景には5000万人の人口があり、これは現在日本の人口の約半分である。大したものである) 他施設から症例が集積したのだろうが、他施設の医師が効果があると評価したからこそ急激に紹介例が増加したのだろう。数字はこの間の事態の推移を雄弁に物語っている。

この治療を行っている病院に知り合いがいたので、それとなく状況を電話で聴いてみたが、「勧めてみてもよいのでは」という。また違う大学だが食道良性疾患を専門にしている内科の教授に合う機会があったのでアカラシアとPOEMについて聞いてみたところ、「悪い話は聞かないですよ。かなりたくさんやられているようだし、合併症も聞かない。いまアカラシアならPOEMでいいんじゃないですか」と言われる。

ここまで調べてこの患者さんにこの治療のことを紹介した。
  1. 当院では食道内圧を測れないので、まず診断を確実にしてもらいましょう。
  2. いろいろな治療がありますが、いきなりPOEM治療ができる施設に紹介します。とても遠い病院を紹介することになりますけど頑張ってください。
  3. とはいえ、まず服薬になるかもしれません。バルーン拡張になるかもしれません。ボツリヌストキシン治療になるかもしれません。でもおそらくPOEM治療を勧められると思います。
  4. 3年苦しんできたのだから受診されてもいいと思いますよ。

紹介医からは、まずアカラシア診断が付いた時に丁寧な返事をいただき、それから間もなくPOEM治療は行われた。術後3ヶ月たつが全く合併症なく患者の症状は大いに軽快している。

さてこの新しい治療法であるが最初に報告されてから8年たつが日本国内でこの治療が爆発的に広がっているわけではない。もともと少ないアカラシアの患者であるから日本全国で数カ所のハイボリュームセンターがあれば充分なのだろう。ハイボリュームセンターで専門医がますます熟達していけば、新たなアカラシア患者はそこで治療してもらえばよいだろう。

POEMのことを知らなかったから恥ずかしいが、めったにこないアカラシアのこの患者さんを診療して未だにPOEMのことを知らないままで終わっていたらもっと恥ずかしい。POEMのことは患者さんに教えてもらったといっても良いくらいだ。患者さんをきっかけに教えてもらうことはいまだに極めて多い。感謝、感謝である。

今年も病気と患者さんに謙虚に寄り添って、できるだけのことをやっていこうと思った次第である。

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