2015年4月8日水曜日

尊敬する研究者「大野 乾」のこと

日本の生物学者でもっとも好きな先生を1人選べと言われたら、小生は大野乾を迷わず選ぶ。大野さんにはいろんな顔がある。いつかは書きたかった大野先生である。
  1. 真のゲノム科学者:大元祖遺伝子仮説の提唱者。これに附随して無脊椎動物から脊椎動物に至る過程で、ゲノムが2回重複し、4倍体となったことは、ほとんど常識になってきています。それは教科書的には、HOXのクラスターが無脊椎動物では1つであるのに対し、脊椎動物では4つあるということで説明される。この「ゲノムが2回重複し、4倍体となった」ことが生物の飛躍的進化の基盤となっている。


  2. 先のゲノム重複は論文以上に著書(1970年)で有名である。Evolution by Gene Duplication 国内では原書は手に入らないが、米国アマゾンでは今でも94ドルで手に入る(140ページのペーパーバックにしては高すぎるが・・・)


  3. この著書は国内では1979年に翻訳が出た。遺伝子重複による進化 」(岩波オンデマンドブックス)。これは今でも手に入るが7020円である。ちなみに小生が持っているのは岩波書店の箱入りの版で1999年の版であり3600円であった。


  4. ところが科学者としての生涯をほとんど米国、カルフォルニアで過ごしたため日本国内では実際には馴染みがなかった時代が長かった。


  5.  ゲノムが好きなヒトにはたまらなく魅力的な考えを提唱したヒトであるが、彼がその考えを一般書物(大いなる仮説等々)に出版したころ、同時に「遺伝子音楽」を発表し、日本国内でそちらの方が有名になったため「きわもの」扱いされることも多かったようで、このため大野先生はかなり損をしている。


  6.  大野乾は日本語の達人である。素晴らしい文書を数多く残している。重複がキーワードの先生であるから、基本モチーフは変わらず繰り返される。ナボコフの箴言はいろんな場所で繰り替えされる。日本語の本も多く書かれているが、小生が最も好きな文章を挙げると井川洋二が編纂した「生物科学の奔流」という1983年(昭和58年)の本に載っている「馬三昧、釣三昧、研究三昧」


  7. 英語も努力されたようだ。英語でちゃんとした文章が書きたいと望まれて、シェークスピアの真似はできないが、「ローマ帝国の衰退と滅亡」を書いたギボンくらいの英語を書けるように努力されたと述べている。


  8. 馬が好きな先生であることは有名だ。若い頃から馬を所有している。


  9. 皇太子の弟である秋篠宮の学位指導教官の1人であり実質的な博士論文↓であるのlast authorであることは有名である。Proc Natl Acad Sci U S A. 1996 Jun 25; 93(13): 6792–6795.

    Monophyletic origin and unique dispersal patterns of domestic fowls.

  10.  この研究は東南アジアの家禽類の遺伝学的系統をゲノムを武器に明らかにしたものであり、小生は同時代的に非常に興味を持って見ておりました。(このころから大野博士は「実験医学」や「細胞工学」に登場するようになった)


  11. もうひとり小生が忘れることができない研究者がいて、それは現在阪大工学部の教授である四方哲也である。この方が現在何を研究されているかはよく知りませんが、カルフォルニアの大野先生のラボから四方さん帰ってこられた頃「試験管内にゲノム構成のことなる大腸菌を2種類いれて培養するとどのようにお互いが振る舞うか」という研究をされており、この研究に小生は尋常ならざる興味を引かれたのであった。いつごろだろう、1990年台後半であろうか?分裂スピードがかなり異なる二種類の細胞を混合培養したとき、当時の常識では片方が他方を駆逐すると考えられていた。この大腸菌は元々が同じ背景を持っており、当然生物学的に依存関係はない。クローン化して継代しているうちに、分裂スピードが異なってきたのである。これを四方氏はいろんな比率で、いろんな条件(温度、異なった培地)で混合培養したのだが、分裂スピードが緩やかなクローンであるが、いくら待っても駆逐されないのだった。当時の小生にはこれが衝撃的だったわけ。大腸菌の分裂スピードは皆さんご存じのようにかなり速い。ですから分裂スピードのちょっとした差が指数関数的に広がっていくことは容易に暗算できる。にも関わらず、ほとんどの培養環境で二つのクローンはある比率で定常状態になるというのである。面白くないですか?


  12. クローン(細胞株)だけ研究してても、癌の謎は解けないなと思った次第です。


  13. 確かに今の常識では例えば1人の膵癌には遺伝学的にいろんなクローンが混在していて(ダーウイン的進化??)それが癌の多様性を作っているし、治療困難性の原因であるとされているから、今の人々にはなんてことはない研究かもしれない。


  14. しかしこの研究ひたすら培養実験をしていた当時の小生には信じられないくらい、パラダイムがひっくり返るくらいの衝撃だった。こんな研究を大野ー四方はしていたのね。つまりですな、試験管内進化を彼らも見たかったのですな。

  15. その大野先生が最近再度西欧では再評価されているらしいOhnologue (Ohnolog)という言葉があるという。


  16. 以上の様々な事由があるので、小生には「大野乾」というのは最高の研究者なのである。 

    以下、秋篠宮の論文である。

 

 

 

 

 

 

Monophyletic origin and unique dispersal patterns of domestic fowls.

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いつも楽しくブログを読ませてもらっています。

Ohnologの初出ですが、英語のwikipediaに載っていたので報告しておきます。

http://en.wikipedia.org/wiki/Homology_(biology)#cite_note-34
http://www.nature.com/ng/journal/v25/n1/pdf/ng0500_3.pdf

Epistasis さんのコメント...

コメントありがとうございます。

大野先生の仕事が世界中で引き継がれ、なおかつオリジナルがオオノであることがますます意識されるように願ってやみません。

日本人はすぐに忘れてしまう。先達を大事にしたいものですね。

Unknown さんのコメント...

ブログ拝見しました。四半世紀前 ポスドクとして大野研で直接教えを受けたものです。大野先生の偉大な先見の明を今でも、このように見てくださる方がいらっしゃり、大変ありがたく存じます。小生のところの院生や研修医(学部学生にも)折に触れて大野先生の「普通の科学者の仕事は新しい事実の発見、優れた科学者の仕事は新しい概念の創造」という話をしています。

私にとって神々にも比すべきべき大野乾先生、多田富雄先生、井川洋二先生 すべて故人になってしましました。
四方先生は私と入れ替わりに阪大から来た非常に優秀な男で当時から 皆、注目していたのですが、暮れからマスコミで取り上げられるようなことになってしまし、残念です。