2009年12月13日日曜日

脂肪塞栓症候群

昨晩一時頃病棟より電話有り。Ns「夕方大腿骨骨折で入院したYさんですが、急に呼吸がおかしくなってきました。入院時はSPO2が95くらいだったのに、70台に落ちて酸素4Lいってます。」とのこと。いろいろやりとりしたが、だんだんある病気がこわくなってきた。88才のYさんは頚部が折れて約2時間で搬送されてきた。もともと歩行しておらず車椅子でありその他の条件もあって手術適応無しと整形に断られてしまったのだ。疼痛管理だけ行いで2〜3週間でもとの施設に戻っていただく・・・そういう予定だったのだが・・・。

ある病気とは「脂肪塞栓」である。この病院では余り詳しい検査は深夜は無理だ。理学的には肺雑音等々有意ではない。いろいろ検査して、処置して、でも結局ヘパリンも静注したよ。(おぉ長管骨の骨折直後だというのに!)どうもFESではなさそうであるが、FESであってもおかしくないので。

脂肪塞栓は20年前に一回みた。よく覚えているのは、患者が亡くなり病理解剖を行ったから。かなり衝撃的だったからボクには。


◎脂肪塞栓症候群(FES、fat embolism syndrome)(NIS、No.3909(H11/3/27)、P23)



A.はじめに
  
  1. 骨折後の重篤な合併症、脂肪滴が大量に全身循環へ流入し重篤な呼吸・神経症状をおこしたもの。
   
    大腿骨>脛骨>骨盤で上腕骨・頭蓋骨・胸骨。肋骨はすくない。
  
  2. その他原因:関節置換、hemoglobinopathy、膠原病、糖尿病、熱傷、重症感染
、骨髄炎、輸血、人工心肺、高山病、腎移植など
  
  3. 長管骨骨折の約90%で血中に脂肪粒が認められるfat embolismを起こすが、殆ど無症状。
  
  4. 頻度:0.25%(4530例中)~1.25%(7701例中)といわれ、90%は多発外傷、10%は股関節置換後。
   
      その他の原因は非常に稀。
  
  5. 小児の頻度は大人と大体おなじだろう。小児は点状出血が少ないなど診断困難。
  
  6. 死亡率:10~20%。大腿骨9.0%、脛骨3.4%、両方で20%。



B.病因、病態
  

  1. 脂肪滴の放出

    脂肪滴の由来は、骨折の髄内と周囲の脂肪組織が主体。FFSは閉鎖性骨折に多い。大腿骨の
生理学的髄内圧は30~50mmHgであるが股・膝関節置換時には800mmHg、セメントによる
骨頭置換時には1400mmHgまで上昇。これにより髄内脂肪が静脈を通じて大量に血流に流入。
    ターニケットをdeflateした時も注意。
  
  2. 塞栓
    
    1)脂肪滴が肺血管に塞栓:直径20μmの肺血管は脂肪滴で機械的に閉塞。そこに血小板や
フィブリンが付着して塞栓となる。小さな骨髄の微小塞栓が大きく成長して時には3cm径までになる。大きな塞栓は直ちに右心不全をおこし突然死の可能性もある。
    
    2)脂肪滴に含まれる物質が生化学的に変化
  
  3. 肺損傷
    
    骨髄組織中のmediatorに関連する局所反応が連鎖的な炎症反応を起こし続発的に肺血管を障害、肺リパーゼは脂肪滴中の中性脂肪を水酸化して遊離脂肪酸となるがこれも毒性を有し内皮細胞を破壊。肺の界面活性剤の不活化、毛細血管透過性亢進
    
    壊れた血小板からのセロトニンやアミンの放出、肺実質よりのヒスタミン放出など
より結局、肺血管攣縮、気管支攣縮、血管内皮細胞損傷を生ず。肺血管へのフィブ
リン沈着。
  
  4. 脂肪滴の全身循環への放出

    血管内脂肪滴形を変えて肺血管を通過すると考えられ、肺のAVシャントが存在すると全身に脂肪滴が回る。(肺高血圧、肺気腫、肺化膿性疾患、肝硬変など)
  
  5. BBB(血液脳関門)の破壊
    
    脂肪栓塞事態がBBBを破壊
  
  6. 出血性ショックの関与
    
    出血性ショックの陥ったほうがFESが起こり易い。微小循環不全により血球が肺や脳の毛細血管で引っかかり血小板凝集能が亢進して肺で捕えられることより生ず。


C.病理
  
  1. 肺組織:
    血管炎(遊離脂肪酸による)、出血性間質性肺炎。無気肺。これにより肺-毛細血管の酸素運搬能が低下して低酸素血症となる。他の原因のARDSに類似。
  
  2. 脳組織
:
    白質全体に点状出血や斑状出血あり。塞栓は灰白質に多いが出血は白質に多い。
塞栓が細動脈や毛細血管を閉塞し周囲は壊死。数mmから4cmの出血性あるいは虚血
性梗塞。慢性期では白質の広範な脱髄。



D.臨床症状、診断


呼吸不全(ARDS)、中枢神経症状、皮膚の点状出血が三大症状。全部揃うのは1~5%で呼吸症状だけというのが29%存在。受傷後数時間から72時間の潜伏期を経て発症。

  
  1. 呼吸不全
    
      a.呼吸困難、頻呼吸、低酸素血症が三主徴

          b.咳、喀啖、湿性水疱音

          c.低酸素血症
    
      d.胸部レ線:両肺底部を中心とする、淡いすりがらす状陰影と細かな点状影が
混在して、snow storm shadowを呈す。
    
      e.肺動脈圧上昇、肺動脈楔入圧低下、PaO2低下。

      
  2. 中枢神経症状

          a.意識障害:不穏、傾眠傾向、深昏睡まで様々。
          b.画像:MRIが感度良好:多彩であるが、急性期には点状出血に一致してT2強調で白質に散在する高信号域の小病をみる。
    
  
  3. 皮膚の点状出血:両肩前面、前胸部、前腋下部、鎖骨上窩部、側腹部、鼠徑部
膜で、数時間で消失することもある。見逃さぬこと。
  
  4. その他の症状
    
貧血、血小板減少、血清リパーゼ上昇、血清カルシウム減少、尿中脂肪滴、眼底鏡で網膜の小梗塞あるも、特異的なものではない。
  
5.ある統計

    ・FESは長管骨骨折の0.9%に発症、低酸素血症(96%)>意識障害(59)
>点状出血(33)>39度異常の発熱(70)>120/m以上の頻脈(93)
>1.5万以下の血小板減少(37)>原因不明の貧血(67)であった。

    ・死亡率:7%。




E.治療(特異的、根本的治療はない)

  1.   呼吸管理

  2.   循環管理、血小板は通常自然回復

  3.   薬物療法
    ステロイド(抗炎症)、ヘパリン、ウリナスタチン(蛋白分解酵素)、プロスタグランジン製剤(血小板凝集阻害)が試用されたが、いずれも有効性は証明され
なかった。
  4. 
  予防が大事:術中の急な体温上昇FESの重要な兆候の一つ。

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