2008年4月26日土曜日

大腸癌肝転移全ゲノムシークエンス:Vogelstein

腫瘍が生じ大きくなり、やがて浸潤・転移をおこす時期をきっちり決めてやろうではないかという研究が発表された。ここでは様々な段階の大腸腫瘍におけるゲノム蛋白翻訳部位の全シークエンスの結果を数理統計的に解釈している。腺腫や肝転移巣の変化を加味した解釈である。最近のB.Vogelsteinの研究指向は他の追随を許さない真にオリジナルなものであり、目が離せない。昨年10月のL. Woodの乳癌11例・大腸癌11例の研究に続く息の長い研究である。

Comparative lesion sequencing provides insights into tumor evolution

Siân Jones, Wei-dong Chen, Giovanni Parmigiani, Frank Diehl, Niko Beerenwinkel, Tibor Antal, Arne Traulsen, Martin A. Nowak, Christopher Siegel, Victor E. Velculescu, Kenneth W. Kinzler, Bert Vogelstein, Joseph Willis, and Sanford D. Markowitz
PNAS | March 18, 2008 | vol. 105 | no. 11 | 4283-4288


結果は以下の4箇条

1) 腫瘍が生まれ大きくなって、進行癌になるまでには17年かかるが、それが転移能を獲得するにはわずか2年しかかからないということ
2) 一旦進行癌になった癌がさらに転移を起こすために必要な付加的遺伝子変異などないのだということ
3) 体外に出された培養系癌細胞を観察しつづけても、新たな遺伝子変異が付加されることなどないということ
4) 進行癌で点突然変異が付加されていく速度は、じつは正常細胞のそれと変わらぬということ

17年と2年という数字はこれまでの臨床的観察から得られた推定値とほぼ変わらぬ。こんなものだろう。


Figure 5

転移を起こすのに新たな遺伝子変異はいらないという結果は研究者にとっては重たい。しかしこの観察は決定的か? 転移機序の解明、これこそががん研究の要である。そのポイントに新たな遺伝子変異はいらぬと。あとは何?発現変異が大きなファクターということだろうか?—これにはメチル化パターンの変化やmicroRNAや、もちろん発現プロフィル総体のドリフトーがあるのだろう。でもそれだけか?転移に遺伝子変異が要らないというが、本研究では蛋白翻訳部位しかシークエンスしておらず、イントロンや調節部位を含めたゲノム全体を見たものではないことは大事なポイントである。エクソン以外の部位の突然変異が機能変異に大きく関わっているかもしれぬ。このあたりはVogelstein自身ももどかしいところであろうと想像する。

培養系癌細胞では新たな遺伝子変異は付加されない。選択圧のなさそうな培養系である。さもありなん。だいたい培養系に載るクローンである、それまでに様々な変異を獲得していることだろう。培養ディッシュに対し転移を成功させた「優秀」なクローンである。これ以上なにがいるのだろう?・・・というところか。

最後の変異レートの問題は新しい知見のように思える。癌進展における修復系遺伝子の役割、すなわち修復系の破綻による遺伝子変異の加速度的蓄積というパラダイムはここ10年のがん研究のなかでも大きな成果であったはず。加速度は最初から変化がない・・・?なんなのだこれは。ここは考えどころである。

Vogelsteinの研究は極めて大事である。この研究にしたところで、仄聞するに5年かかっているという。シークエンスに時間のかかっていた時代における、このような息の長い地道な仕事である。ご苦労様。これらの先駆的仕事があり、さらに最近に高速シークエンスである。ようやく追随する仕事が現れはじめた。

たとえばこれ。

Genomics. 2008 Apr 21
Functional classification analysis of somatically mutated genes in human breast and colorectal cancers.
Chittenden TW, Howe EA, Culhane AC, Sultana R, Taylor JM, Holmes C, Quackenbush J.

Department of Biostatistics and Computational Biology and Department of Cancer Biology, Dana–Farber Cancer Institute, Boston, MA 02115-6084, USA; Department of Biostatistics, Harvard School of Public Health, Boston, MA 02115, USA; Department of Statistics, University of Oxford, Oxford, UK.

  • A recent study published by Sjoblom and colleagues [T. Sjoblom, S. Jones, L.D. Wood, D.W. Parsons, J. Lin, T.D. Barber, D. Mandelker, R.J. Leary, J. Ptak, N. Silliman, S. Szabo, P. Buckhaults, C. Farrell, P. Meeh, S.D. Markowitz, J. Willis, D. Dawson, J.K. Willson, A.F. Gazdar, J. Hartigan, L. Wu, C. Liu, G. Parmigiani, B.H. Park, K.E. Bachman, N. Papadopoulos, B. Vogelstein, K.W. Kinzler, V.E. Velculescu, The consensus coding sequences of human breast and colorectal cancers. Science 314 (2006) 268-274.] performed comprehensive sequencing of 13,023 human genes and identified mutations in genes specific to breast and colorectal tumors, providing insight into organ-specific tumor biology. Here we present a systematic analysis of the functional classifications of Sjoblom's "CAN" genes, a subset of these validated mutant genes, that identifies novel organ-specific biological themes and molecular pathways associated with disease-specific etiology. This analysis links four somatically mutated genes associated with diverse oncological types to colorectal and breast cancers through established TGF-beta1-regulated interactions, revealing mechanistic differences in these cancers and providing potential diagnostic and therapeutic targets.

2008年4月14日月曜日

頸部の神経と損傷時の合併症

頸部の神経と損傷時の合併症 
顔面神経 --- 顔面運動障害
舌神経  --- 味覚障害
舌下神経 --- 舌運動障害
大耳介神経--- 耳介感覚障害
副神経  --- 上肢挙上運動障害
頸神経叢 --- 頸部の感覚異常
横隔神経 --- 横隔膜麻痺
迷走神経 --- 嗄声、嚥下障害
交感神経幹--- Horner症候群
反回神経 --- 嗄声、嚥下障害
腕神経叢 --- 上肢の運動・感覚障害

2008年4月13日日曜日

NEJM「あなたならどうする?」

NEJMの「あなたならどうする?」コーナー。この企画は気がついていなかった。日本でもよくある「教育セミナー」での設問である。これが最も権威がある(であろう)NEJMの企画であるから面白い。4月10日号は「頸動脈動脈硬化の治療選択」
      ←:これをあなたならどうするか・・・?

67才男性で脳神経学的異常や既往歴はない。狭窄は右総頚動脈が70〜%、左が20%。
三つのオプションがある。

1)体重減少を中心とした保存的治療
2)頸動脈ステントの挿入
3)頸動脈内膜剥離術

それぞれのオプションには「素晴らしい」説明がついている。
内科医としてEBMに通暁していればいるほど迷うのではないか?

アメリカならではであるが、たとえば2)を推奨するDr.は「この患者へのこの治療は保険会社やmedicareを納得できるものである」という記述まである。今の世の中であるから、かかる費用まで言及しておくと面白かったかもしれない。

2008年4月10日木曜日

2008年4月3日木曜日

紫煙が晴れてみると・・終わりの始め:肺癌関連遺伝子3報

肺癌関連遺伝子が3報同時に報告された。その名もニコチン性アセチルコリン受容体サブユニット!
1)肺がんの感受性遺伝子座は第15染色体q25上のニコチン性アセチルコリン受容体サブユニットをコードする遺伝子に位置する  A susceptibility locus for lung cancer maps to nicotinic acetylcholine receptor subunit genes on 15q25
2)ニコチン依存症、肺がん、末梢動脈疾患に関連する変異
  A variant associated with nicotine dependence, lung cancer and peripheral arterial disease
3)Genome-wide association scan of tag SNPs identifies a susceptibility locus for lung cancer at 15q25.1

少し詳細に見てみよう。
1)はフランス主導のヨーロッパ連合被験者とコントロールそれぞれ2000名程度。15q25との相関は(P :9 times 10-10)二次スクリーニングは2500+4700、これで(P :5 times 10-20 overall)タバコの嗜好に関係ないという。
2)はアイスランド主導のヨーロッパ連合被験者11000名程度。タバコの本数との相関からスタートしているのがユニーク。1)と同様の結果を得ている。本数との関連、肺癌との二次関連を示唆している。すなわち嗜好傾向を決める多型との位置づけだ。
3)はアメリカの研究。喫煙者1150人で同様の結果を得ている。(P :9 times 10-17)

タバコをのみたくなる嗜好遺伝子として捉えるか、あるいは肺癌の直接責任遺伝子として捉えるか?
かなりムツカシイが、しかし同時に3報だからかなり確度は高い。あえてそれでも言っておきたいこと。
多型頻度はしれているのだ。多くてもコントロールの10%偏倚であるにすぎない。

なんと書いて良いのか!!

2008年4月2日水曜日

アミトロの責任遺伝子;孤発例における突然変異nature genetics

筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、amyotrophic lateral sclerosis通称ALS)とは、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。きわめて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する場合がある。有効な治療法は確立されていない。(wikipedia)有名な患者ルー・ゲーリッグから、ルー・ゲーリッグ(ときにゲーリック)病 (Lou Gehrig's disease) とも呼ばれる。最近ではホーキングが罹患していることで知られる。

そのALS(医療の世界では「アミトロ」として有名)の責任遺伝子有望候補が見つかった。これまで知られていた責任遺伝子としては10%程度の遺伝性ALSでは、一部の症例に原因遺伝子が同定されている。遺伝性ALSの20%程度を占めるとされる、常染色体優性遺伝のALS1は21番染色体上のSOD1(スーパーオキシドジスムターゼ1遺伝子)に突然変異がある。一方90%の症例は遺伝背景を持たない孤発例であるとされる。これらの両者に変異が存在する遺伝子が見つかったというのは驚きである。

TARDBP mutations in individuals with sporadic and familial amyotrophic lateral sclerosis

Edor Kabashi1,6, Paul N Valdmanis1,6, Patrick Dion1, Dan Spiegelman1, Brendan J McConkey2, Christine Vande Velde1, Jean-Pierre Bouchard3, Lucette Lacomblez4, Ksenia Pochigaeva4, Francois Salachas4, Pierre-Francois Pradat4, William Camu5, Vincent Meininger4, Nicolas Dupre1,3 & Guy A Rouleau1

フランスとカナダの共同研究である。発見された遺伝子では9例の変異があり、6人が孤発例、3人が家族歴ありとのことである。責任遺伝子はAR-DNA binding protein TDP-43 (encoded by TARDBP)といい、神経細胞において凝集するinclusion bodyの主要コンポーネントとして最近発見されたTDP-43をコードする。1p36.22にあり6つのエクソンからなるが、今回見つかった変異は9例中8例がエクソン6に見られる。アミノ酸残基169(エクソン4)一例を例外として残りは順に残基287, 315,  348, 361, 382, 390に認められる。100アミノ酸ーすなわち塩基数で300塩基、しかも同一エクソンであるからゲノムPCRが容易にかけられる長さに収まっている。今後の進展に期待したい。


2008年4月1日火曜日

08/3/30付けのNature Genetics Onlineから4報

Nature Geneticsが熱い

08/3/30付けのNature Genetics Onlineにホットペーパーが報掲載されている。

1) まず大腸癌の多型解析でありイギリス主導の多国籍総力戦

   8q24 (rs7014346; OR:1.19; P :8.6 times 10-26) 18q21 (rs4939827; OR:1.2; P :7.8 times 10-28)
  
    rs10795668, located at 10p14 (P:2.5 times 10-13 overall; P:6.9 times 10-12 replication)
    rs16892766, at 8q23.3 (P:3.3 times 10-18 overall; P:9.6 times 10-17 replication)

2) 次いで、今「再び熱いrasと大腸癌」から・・・93年の白澤らのサイエンスも引用される、息の長いつかみの大きな論文のようである。

  • Kras is commonly mutated in colon cancers, but mutations in Nras are rare. We have used genetically engineered mice to determine whether and how these related oncogenes regulate homeostasis and tumorigenesis in the colon. Expression of K-RasG12D in the colonic epithelium stimulated hyperproliferation in a Mek-dependent manner. N-RasG12D did not alter the growth properties of the epithelium, but was able to confer resistance to apoptosis. In the context of an Apc-mutant colonic tumor, activation of K-Ras led to defects in terminal differentiation and expansion of putative stem cells within the tumor epithelium. This K-Ras tumor phenotype was associated with attenuated signaling through the MAPK pathway, and human colon cancer cells expressing mutant K-Ras were hypersensitive to inhibition of Raf, but not Mek. These studies demonstrate clear phenotypic differences between mutant Kras and Nras, and suggest that the oncogenic phenotype of mutant K-Ras might be mediated by noncanonical signaling through Ras effector pathways.
3) 最後は昨年来「本当に熱い糖尿病の多型解析」の続報
  • Meta-analysis of genome-wide association data and large-scale replication identifies additional susceptibility loci for type 2 diabetes. Published online: 30 March 2008 
  • 欧米の総力戦といった感じの論文. いつも思うのだが、どうして日本チームは参加していないのだろう?神戸を初めとしてリソースはあるはずなのに?多型解析では「日本人」の調査が欠かせないと考えるのは私一人だろうか?「日本人」には結果が当てはまらない研究は多いし、だからといって信頼性が低いわけではないが、「日本人」でも同様の結果が出たとしたら、その結論の持つ意味は非常に大きい。普遍性のある研究だと考えられる。日本人チームは別の論文を目指しているのだろうが、インパクトは第一報にはかなわない。参加すべきだったと思うな。(この結果は日本人には成り立たなかったということも考えられる。それで論文上には日本人が現れない)